映画放送趣味の部屋 ~ ワーナー・ブラザーズ
社名の頭文字「WB」をあしらった盾をロゴマークにして、ギャング映画や女性映画で 隆盛を極めたハリウッド黄金期のメジャー・スタジオの一つ。1903年に興行業を始めたポーランドからの移民ハリー、アルバート、サム、ジャックのワー ナー4兄弟は1923年からは製作業にも進出。名犬リン・チン・チンの人気と渡米したヨーロッパの映画人たちの活躍によって映画ファンに親しまれるが、2 年後早くもスタジオの経営は悪化。苦境を切り抜ける切り札として音響メーカーのウェスタン・エレクトリック社と協力して26年にディスク式のトーキー「バイタフォン」を開発し、翌27年に初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』を発表。今作の成功によってワーナーはメジャー・スタジオとしての地位を確立する。ワーナー社が最も得意としたのは当時の世相を反映したギャング映画で、30年代には『民衆の敵』(31)や『汚れた顔の天使』(38)といったアンチ・ヒーローの活躍を描いたギャング映画の傑作を多数製作してジェームズ・キャグニーやエドワード・G・ロビンソンといったスターを生み出した。40年代にはフィルム・ノワール・ブームの火付け役となったハンフリー・ボガート主演の『マルタの鷹』(41)や『三つ数えろ』(48)などの傑作サスペンスや、アカデミー受賞したメロドラマの名作『カサブランカ』(42)を発表。また、30年代から40年代にかけて活劇スター、エロール・フリン主演のアクション・アドベンチャー映画や、『黒蘭の女』(38)や『ミルドレッド・ピアース』(45)などベティ・デイヴィスやジョーン・クロフォードらワーナー専属のスター女優主演の女性映画を多数製作して大きな成功を収めた。しかし、50年代に入るとテレビの進出によって低迷し、56年には50年代以前の作品をユナイテッド・アーティスツ社 に売却。67年には独立プロダクションのセブン・アーツと合併し、69年にはレンタカー会社のキーニー・ナショナル・サービスの傘下に入り、テレビや音楽 など映画だけでなくあらゆる分野に進出した。70年代以降は『ダーティハリー』シリーズや、『エクソシスト』(73)、『タワーリング・インフェルノ』 (74)などのメガ・ヒット作を送り出し、89年には出版界の大手タイム社と合併してタイム・ワーナーとなり世界第1位のメディア企業となった。