映画放送趣味の部屋 ~ ユニヴァーサル
地 球が回転するロゴでおなじみの映画スタジオ。ドイツ移民で映画製作の先駆者カール・レムリが1909年に創立したインデペンデント・モーション・ピク チャー・コーポレーション(IMP)が母体となり、3年後の12年に幾つかの古いスタジオと合併してユニヴァーサル社を創設する。15年にはロサンゼルス 近郊のサン・フェルナンド・バレーにあった養鶏場跡地に「ユニヴァーサル・シティ」と名付けられた240エーカーの巨大なスタジオを構えて、ハリウッドの 黄金期には低予算作品の作品を中心に制作。30年代はレムリの息子レムリ・ジュニアが手掛けた『魔人ドラキュラ』(31)や『フランケンシュタイン』(31)といった一連の怪奇映画を 大ヒットさせる一方、アカデミー作品賞を獲得した『西部戦線異常なし』(30)のような質の高い映画を制作して高い評価を得る。その後、スタジオは財政難 で経営危機に陥り、35年にレムリはユニバーサルを売却するが、ディアナ・タービン主演のミュージカル映画のヒットによってスタジオは起死回生を図る。 46年から6年間インターナショナル・フイルムに併合されるが、40年代はバッド・アボットとルー・コステロの凸凹コンビによるコメディ映画やアラビア ン・ナイトを主題にしたアドヴェンチャー映画をヒットさせる。52年にはデッカー・レコード社の傘下に入り、50年代頃からはA級作品も手掛けるように なって、ドリス・デイとロック・ハドソン共演のセックス・コメディを送り出して興行的成功を収める。62年にはタレント・エージェンシーのミュージック・ コーポレーション・オブ・アメリカ(MCA)に買収されて、64年には映画とテレビの舞台裏を公開するテーマパーク「ユニヴァーサル・スタジオ・ハリウッ ド」をオープン。90年にはフロリダ、2001年には大阪にも作られた。70年代から90年代はジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグらの若手 の監督と組んで『アメリカン・グラフィティ』(73)、『ジョーズ』(75)、『E.T.』(82)、『ジュラシック・パーク』(93)といったハリウッ ド映画の興行収入記録を塗り替えるヒット作を連発。90年には日本の松下電器が親会社のMCAを61億ドルで買収したが、95年にカナダの大手飲料メー カーのシーグラムに70億ドルで売却した。