映画放送趣味の部屋 ~ ユナイテッド・アーティスツ
映画スターたちによって設立された最も歴史の古い独立プロダクション。映画スタジオに束縛されずに、自由な映画製作の場を求める俳優のチャールズ・チャップリン、 メアリー・ピックフォード、ダグラス・フェアバンクス、そして監督のD・W・グリフィスらは1919年に芸術家連合[ユナイテッド・アーティスツ (UA)]を発足して、世界的な注目を集める。製作者たちに創造の自由を与えることをモットーにして、他のスタジオのように独自の撮影所を持たずに、映画 の配給を中心にした事業を展開する。25年に社長に就任したジョセフ・スケンクの指揮のもと、設立メンバーのフェアバンクスやチャップリンの主演映画だけ でなく、ハワード・ヒューズ、サミュエル・ゴールドウィン、 ダリル・F・ザナックといった独立製作者達の作品を配給し、主に他のスタジオでは見送られたリスクの高い独創的な作品を送り出してゆく。51年にアー サー・B・カリムとロバート・B・ベンジャミンがチャップリンとピックフォードから手持ちの株を買い取り、57年には事業を拡張してテレビと音楽業にも進 出。50年から60年代にかけて『真昼の決闘』(52)や『十二人の怒れる男』(57)な ど、芸術志向の娯楽映画を多数配給して高い評価を獲得し、アメリカ映画だけでなく『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(63)、『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(64)、『007』シリーズなどを配給してイギリス映画の素晴らしさをアメリカの観客にアピールした。67年には銀行や保険業の大 手トランス・アメリカの傘下に入るが、ヘクト・ランカスター・プロやミリッシュ・カンパニーといった独立プロダクションと組んで、引き続き質の高い映画を 送り続け、60年代から70年代にかけて『アパートの鍵貸します』(60)、『ウェスト・サイド物語』(61)、『ロッキー』(76)、『アニー・ホール』(77)等の9本の作品でアカデミー作品賞を獲得。73年にはM-G-M映画の権利を獲得するが、1980年に製作されたマイケル・チミノ監督の高予算作品『天国の門』の興行的な失敗によってスタジオは経営困難に陥り、翌年トランス・アメリカはスタジオをM-G-Mに売却、併合されてMGM/UAとなった。