映画放送趣味の部屋 ~ コロムビア
有能なシナリオライターを抱え、彼らの機知に富んだ都会的な脚本を基に良質のコメディやドラマを制作して名声を博した映画スタジオ。ユニヴァーサル社 の社員だったジョー・ブランデンと、ハリーとジャックのコーン兄弟が1920年に設立したCBCセールス・フィルム・コーポレーションが前身となり、その 4年後の1924年にスタジオのイメージアップを図って社名をコロムビアに変更する。ハリーがスタジオを仕切って製作を担当し、配給先の劇場を持たないス タジオの為にジャックがニューヨークから配給を担当して好スタートを切り、トム・マッコイやバック・ジョーンズ主演のB級ウェスタンや『バットマン』等の 連続活劇を手掛ける。また、「三バカ大将」主演のコメディ・シリーズや、ハリーが招いたフランク・キャプラ監督が手掛けた一連のハートウォーミング・コメディやメロドラマの 成功によってスタジオとしての地位を確立。経営を司るコーン兄弟の権力抗争は凄まじいものであったが、32年にハリーを追放しようとしたジャックの陰謀を 打破すると、ハリーは名実ともにコロムビアのタイクーンとして君臨する。お抱えの映画スターを持たず、他のスタジオから借り受けて映画を製作するが、34 年にクラーク・ゲイブルとクローデット・コルベールを他社から借り受けてキャプラ監督が手掛けた『或る夜の出来事』が大ヒットを記録。スタジオに初のアカデミー賞をもたらすとスタジオは勢いに乗り、ジェームズ・スチュワート(M-G-M)や、キャサリン・ヘプバーン(RKO)といった他社の有名スターを起用して『素晴らしき休日』(38)や『スミス都へ行く』(39)、『ヒズ・ガール・フライデー』(40)等の質の高いヒット作を続々と手掛ける。 40年代になるとスタジオは娯楽路線に徹するようになり、スターの育成にも力を入れてリタ・ヘイワースを 生み出して、『晴れて今宵は』(42)や『ギルダ』(46)等のヘイワース主演のヒット作や、ジーン・オートリー主演のミュージカル・ウェスタン、『バッ トマン』(43)や『スーパーマン』(48)等の連続活劇の成功によって興行収入は過去の2倍となり、純利益は6倍に達する。