映画放送趣味の部屋 ~ ウォルト・ディズニー
ミッキーマウスを初めとする数々の愛らしいキャラクターと、大人も子供も楽しめる親しみやすい物語のアニメーションや実写映画を数多く製 作して世界的な人気を誇る映画スタジオ。スタジオの生みの親ウォルト・ディズニーと後に彼の片腕となるアブ・アイワークスと共にアニメーション製作会社を 設立してハリウッドに進出。23年にウォルトの兄ロイ・ディズニーが共同経営者となってスタジオの母体を確立する。『兎のオズワルド』シリーズでスタジオ は軌道に乗り、28年の『蒸気船ウィリー』で初めて登場したネズミのミッキーマウスが好評を博す。その後ウォルトは音と映像のシンクロや、テクニカラーの 採用などアニメーションの革新に積極的に挑み、37年には初のオールカラーの長編アニメーション『白雪姫』を製作。映画はその年最大のヒットを記録して、 トップ・アニメーション・スタジオとしてハリウッドに君臨する。その後もクラシック音楽とアニメーションを融合させた『ファンタジア』(40)や実写とア ニメーションの合成が見事なミュージカル映画『メリーポピンズ』(64)を 製作して高い評価を得る。55年、ウォルトはロサンゼルスに大型アミューズメント・パーク「ディズニー・ランド」を建設。大人から子供まで年齢を超えて楽 しめるテーマパークとして高い人気を得て、後にフロリダ、東京、ヨーロッパにも建設される。66年にウォルトが死亡すると、家族映画離れからアニメーショ ンの収益は下降してスタジオは低迷するが、83年に発足した一般映画部門「タッチストーン・ピクチャーズ」が『スプラッシュ』(84)や『ロジャー・ラ ビット』(88)などのヒット作を次々と製作してスタジオは再び軌道に乗り、老舗のアニメーション部門も89年の『リトルマーメイド』のヒットで息を吹き 返し、『アラジン』(92)や『ライオン・キング』(94)などの大ヒット作を量産する。89年にはもう一つの一般部門「ハリウッド・ピクチャーズ」を設 立し、93年には良質の独立系映画や外国語映画を製作、配給する「ミラマックス」を傘下に収める。95年にはアメリカの3大ネットワークの一つABCを買 収して、世界第2位のメディア企業となった。