映画放送趣味の部屋 ~ RKO(アール・ケイ・オー)
ハ リウッドの黄金期の5大メジャー・スタジオの中で最も小さいスタジオ、ラジオ・キース・オルフェウムの略称。1921年に独立プロデューサーのロバートソ ン・コールが、ハリウッド共同墓地から13エーカーを譲り受けて、ロバートソン・コール・プロダクションを設立。やがて会社はフィルム・ブッキング・オ フィス(FBO)となり、26年には後に35代合衆国大統領となるジョン・F・ケネディの父親ジョセフ・P・ケネディよって買収される。トーキーに 興味を示すケネディは、映画の音響システム「フォトフォーン」の特許所有者で、ラジオ会社RCA(ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ)の社長デイ ヴィッド・サーノフと組んでスタジオを合併。キース・アルビー・オルフェウムから700の劇場チェーンを譲り受けて、社名をRKOラジオ・ピクチャーに改 める。最初のトーキー『Syncopation』は商業的成功を収めて、30年代はウォルト・ディズニー製作の短編アニメーションや、『白雪姫』(38)、『ファンタジア』(40)などの長編アニメーションの配給、キャサリン・ヘプバーン主演の『愛の嗚咽』(32)や『若草物語』(33)、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャース共演のダンス・ミュージカル『コンチネンタル』(34)や『トップ・ハット』(35)、怪奇映画の金字塔『キング・コング』(33)などの質の高いヒット作に恵まれ、31年には大河ウェスタン『シマロン』でスタジオ初のアカデミー作品賞を手にする。40年代に入るとオーソン・ウェルズの映画史に燦然と輝く『市民ケーン』(41)や『偉大なるアンバーソン家の人々』(42)、アルフレッド・ヒッチコック監督の『断崖』(41)や『汚名』(46)、 ジョニー・ワイズミュラー主演の『ターザン』シリーズなど古き良きハリウッドの名作を量産するが、創立以来幾度ものオーナー交代による経営危機を脱するこ とは出来ず、興行的な不振も続いて、第二次世界大戦時は「空襲の時は、当り(ヒット作)のないRKOに非難しろ」とジョークのネタにされたほどだった。 48年には億万長者で実業家のハワード・ヒューズが当時としてはハリウッド史上最高の880万ドルでスタジオを買収。大幅な人員削減を行い、過去のRKO 作品を売りに出した。52年にヒューズはスタジオを閉鎖し、55年にスタジオをジェネラル・タイヤ・アンド・ラバー社の子会社であるジェネラル・テレラジ オ社に売却する。